2016年2月2日火曜日

【史上最悪の売国奴】竹中平蔵「若者には貧しくなる自由がある。その代わり頑張って豊かになった人に対して文句を絶対に言うな」

竹中平蔵先生から16歳へ贈る「お金と人生」の話

【第7回】 2016年2月1日

お金の謎を解く冒険。

今回は竹中平蔵さん。本連載ラストは、これからの日本を担う16歳へのメッセージ。「先の見えない時代を生き抜くためのヒント」がきっと見つかるはずです。

取材・構成:岡本俊浩/写真:加瀬健太郎/協力:柿内芳文(コルク)

<今回の先生>



竹中平蔵(たけなか・へいぞう)

1951年生まれ。一橋大学経済学部卒業。日本開発銀行設備投資研究所、大蔵省財政金融研究室主任研究官、ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学教授などを経て、2001年発足の小泉純一郎内閣に参画。構造改革を主導する。第二次安倍内閣では「産業競争力会議」「国家戦略特別区域諮問会議」メンバーとして活動。そのほか、社団法人日本経済研究センター特別顧問、アカデミーヒルズ理事長、パソナグループ取締役会長、オリックス株式会社社外取締役などを兼任。著書多数。

かつて不安じゃない時代があっただろうか?

いま、若い人と話すと、

「不安だ」

「先が見えない」

みなさん、こう言います。私はこう思うんです。

逆に、いままで不安がじゃない時代があったのだろうか。誰にとっても等しく、先が見えて順風満帆な時代があったのだろうか。……そんな時代はありません。

たとえば、明治から太平洋戦争の終戦までの約80年間は、毎日が経済危機のような時代です。何が起きるかわからない。国内の労働市場は貧弱だから、日本人が海外に出稼ぎに出ていた時代もあったんです。その行き先はブラジルだったりしました。生き抜くために、未開拓の土地を開墾した人々がいたんです。

戦後に転じてみても日本の製造業は太平洋戦争で拠点を失ってマイナスからの再起だったんです。たとえば新日鉄の人はUSスチールに技術を学びに行って、ドキドキしながら製造拠点の再構築に取り組んだ。戦後の日本経済が急成長できたのは、この上に立っているから。

みんな苦労をしたでしょう。

苦労したにもかかわらず、見返りのないまま途方に暮れた人もいたでしょう。

しかし、きっとそのころの人は、不安だ、誰かがなんとかしてくれるなんて思わなかった。自分でなんとかするしかない、そういう環境にいたからです。

でも、考えてもみてください。いまの日本が置かれた状況がなんと豊かなことか。先が見えない、不安を感じるのなら、それを振り払うために頑張ってみたらいいじゃないですか。

しかし、そうはいかないんでしょうね。いまの日本には、なかなか火がつかない構造的問題があるのも確かです。

大切なのは「What’s a problem?」

これは、元ソニーCEOの出井(伸之)さんがおっしゃっていたことで、「中年症候群」という言葉があります。ミドルエイジシンドローム。中年になると、新しいことをやるのが不安になる。なぜかというと、いろんな意味で守りたいことが出てくるから。頑張らなくなる。

ところが、みんな自分でやっていることはよくわかるんです。

新しいことに挑まない、頑張っていないことがわかるから、ますます不安になる。それで悪循環になってまた不安になる。いらいらし始める。それは不幸ですよ。

もし、若い人が「将来が不安」と感じるなら、勉強すればいい。伸びしろは十二分にあるんですから。単純にアドバンテージがあるんですよ。お金を貯めて、留学に行ってもいいじゃないですか。チャンスはあるんです。

あなたが不安の根っこにあるものは何なのか。自分のカメラで、一度見てみたらいいじゃないですか。そのときに心にとめて欲しいことがあります。

「What’s a problem?」

何が問題なのか。



将来やりたいことが見つからなくて困っているのなら、それがproblemでしょう。あるいは、高い給料で働きたいなら、それがproblemになる。「自分にとって問題だ」と感じるのなら、解決すればいい。反対に問題でなければ放っておけばいいんです。

問題解決が必要になったら、具体的な行動が求められます。漠然と不安がっているだけでは、何も考えていないのと同じです。ずっと解決しません。

快適すぎて変われない人びと

それでも、こういう人は多いかもしれません。

「何が問題なのかわからない」

確かに、いまの日本社会を生きていて、深刻な問題は表面上、ない。だから、「What’s a problem」が考えにくくなっているのは事実でしょう。

日本は極めて「Comfortable」なんですよ。何もしないで「快適に」暮らすことができる。

Too comfortable to change.(快適過ぎて、変われない)

ただ、この構造こそ、危険をはらんでいる。よく言われますよね。「ゆでガエル」です。カエルを熱湯に放り込むと熱いからすぐに逃げ出す。しかし、水のなかに入れてゆっくりあたためていくと、そのうち茹であがってしまう。

快適過ぎて、問題意識を持ちづらい。行動を起こせない。わたしはこの言葉を贈りたい。

19世紀ドイツの政治家にビスマルクがいます。彼はこう言いました。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

要するに、個人が得た、せまい経験が導き出した判断よりも、長い年月と膨大な人間がつくりだしてきた歴史的事実の方が信用に値するのだと、いうことです。1人が積み上げたデータよりも、歴史というビッグデータの方が信頼に足るということですね。

若い人は歴史を学んだ方がいい。ところが、日本の歴史教育ってとても貧弱なんです。なぜ、こう言えるかというと、日本史の教科書はとても薄いんです。中学校の教科書なんてペラペラですよ。日本よりも建国から歴史の浅いアメリカの教科書は4〜5倍もあります。これはいったいどういうことだろうか、と思いますね。

要するに、日本の教科書って「何年に何がありました」。こんな程度のことか教えていないんですよ。単なる年号の羅列。でも、重要なのは本質でしょう。

過去に連綿と積みあがってきた歴史的なできごとはなぜ起きたのか。

きちんと説明できる日本人がどれだけいるでしょうか。「大化の改新」「律令政治」。これらはなぜ起きたのか。あなたは説明できますか?

だから、中年になってみんな「これではいかん」と思うわけでしょう。それで歴史本が売れたりする。まあ、これはいいとして、自分の道をみつけるためには歴史は学ばなきゃいけません。それは、魚にたとえると、「川を上る」ことです。そう、わたしは若い方によくこう言うんですよ。

「川を上り、海を渡れ」

昔を生きた日本人が何を悩み、その時代に何をやってきたのか。時空を超えて、それらをよく学び、生きる上での参考にしたらいいんです。いま、あなたが悩んでいること、直面している困難は、過去の誰かも悩んだことなんです。江戸時代か、明治時代か、あるいは大正時代なのか。必ずヒントが眠っているんです。

川を上り、海を渡れ

川を上ったら「海を渡れ」。

海外に出て、同世代の若者が何をやっているかを見てきたらいいんです。あなたはやったことがありますか。もしかしたら、あなた以上に懸命に生きているかもしれませんよ。



これは何年か前の話になります。わたしは仕事で中国の深センに出かけたことがあります。ここには、日本の大手電機メーカーの工場があるんです。工場の稼働は24時間。休みはありません。山間部から出てきた15歳くらいの女の子たちが、1日3交代で働いている。ある女の子は「ここで働いて、お金を貯めている」と言う。

なんのために?

まずは貯めたお金で、弟を大学に行かせる。残ったお金はお母さんに送るんだと。自分はここで勉強をし、10年経ったら故郷で起業をすると言うんです。

こんな若者たちが中国には山のようにいる。日本の若者にとっては生涯の友人であり、ライバルなんですよね。こういう現実を自分の人生として生きている若者たちがいる。これだけでも、What’s a problem? 「自分はどう生きるべきか?」を考えざるを得ないんじゃないでしょうか。

もうね、「受験勉強」なんてやらなくていいんです。たいしたことないんでですから。東京大学に入ったって、たいしたことはないんです。受験は、基礎の基礎を培うには有効かもしれませんが、勝つのは簡単なんです。人よりも早く始めればいいだけの話なんです。だから、受験勉強を前倒しではじめられる進学校が強くなる。

日本は「入試歴社会」

日本の最高学府に、なんてこと言うんだと思った人もいるかもしれませんね。でも、こういう現実があります。

わたしがハーバード大学で客員准教授をやっていたとき、総長のヘンリー・ロソフスキーとよく話しをました。彼は知日家で、日本のことをよく知っているんです。こんなことを言われました。

「ヘイゾウ、日本人は東京大学を『偉い』と思っているんだろう。でも、ハーバード大学から見れば、東京大学は、トーキョーにある大学以上の意味はないんだよ」

何を意味しているかというと、もはやグローバル基準で「東大卒」は「学歴」にならないということです。グローバル基準はもっと上をいっているんです。

人間、学歴じゃない。こういう言い方がありますね。しかし、国境を超えて働く――グローバル社会とは、強烈な「学歴社会」。このことを知っておいてほしいんです。

なぜ学歴なのかは、極めて合理的な判断です。グローバル社会では、あらゆる国から人が集まってきます。文化や宗教、あらゆる点で多様ですから、どこかで物差しを導入しないとなりません。それこそが学歴で、世界中から集まってくるからその基準もより厳しくなります。このことに関しては後ほどお話しするとして、日本は単なる「入試歴社会」ですよ。

どのぐらい、難しい入試に受かったか。そこだけを見ている。日本は同質性の高い社会だから、有名な大学を出ていて、いい人そうであれば、企業は採用しますし、これまで回ってきた面はあります。

ただこれは、東大に入った、慶應に入ったから、「まあよさそうだ」と思っているだけの話です。企業は大学を信用していません。自分のところで、「イチから鍛えてやる」と考えていますから。出身大学の偏差値は教えたことを吸収できるか判断基準として便利なだけ。

もう一つ、新人として入ったからには、言うことを素直に聞くかどうかが重視されます。だから、体育会系が就職で有利でした。東大卒の体育会系の人気が高いのは、この2つ併せ持っているからでした。

しかし、これらはグローバル基準から見れば時代遅れでしょうし、本当の学歴とはこんなものではありませんよね。何を学んだかはまるで尊重されていないんですから。

グローバル基準でプロフェッショナルになろうと思ったら、最低でも「マスター」(修士)を持っていなければダメで、本来なら「Ph.D」(博士号)ですよね。もちろん、これらはグローバル基準で上位にある大学でのものに限られます。ハーバード大などがその頂点にあることは言うまでもありません。

エリートと言われる人でも、日本で博士号を持っている人はとても少ないですね。そこから考えると、日本は「低学歴社会」です。そもそも大学の進学率は50%台でしょう。いま、世界の大学進学率は、もっともっと高い。低学歴社会だと思わないといけない現状です。こういうことは、海を渡ると見えてきます。

人生には必要なのは、地図ではなく羅針盤

MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究所に「メディアラボ」があります。日本人の伊藤穣一さんが所長を務めていますが、ここで使われるのは、

Compass over maps.

という言葉です。「人生には必要なのは、地図ではなく羅針盤である」と。

これまでの日本社会は人生の地図を書いてきました。偏差値の高い大学に入って、一流企業に入る。そこで管理職になる――これこそが、人生における「最良の」地図だったんですよね。



ただ、これからはもう通用しません。すでに東大は、大学ランキングで北京大学に抜かれましたし、一流企業でも不正会計問題が起きる。他の優良企業でも、あっさりどこかに買収されるかもしれない。もはや、「最良の地図」なんて存在しません。

だからこそ、「羅針盤」が大切になるんです。コンパスです。変化の早い世界では、地図はあっという間に変わるものの、自分の羅針盤さえ正確なら道に迷うことはない。それを身につけるために必要なもののひとつが学歴です。

当然、これを得るのは簡単なことではありません。でも、人生ってもとから簡単なものではありませんよね。チャラく考えない方がいい。

そう、大変なんです。生きるって。

ニューヨークに行くと、フィリピンやベトナムからやって来た方がタクシーの運転手として働いています。わたしが後部座席に座ると、しばしば彼らはこう言うんです。

Life is not easy.

人生は楽じゃない。

彼らは、生まれた国で満足な収入を得られずにニューヨークにやって来た。言葉もできなかったから、これまでとてつもないハンディキャップのなかで働いてきた。だから、

「自分の子どもには、同じ想いはさせたくない。高い教育を受けさせたいんだ」

と言う。ところが、聞いてみると、息子がイェール大学に行っている、コーネル大学に行っていると、誇らしげに話すわけです。

Life is not easy.

そう呟きながら、生きているんですよ。

若者には貧しくなる自由がある

いま現在、日本人は快適な環境で暮らせていますが、これはいつまで長続きするでしょうか。

日本の1人あたりGDPは、世界トップのノルウェーやスイスなど比べると、半分以下しかありません。アメリカの1人あたりGDPは、日本より3割高い。成長率も上ですから、この差は開き続けている。

不思議でならないのは、国内の格差問題に対しては、みんな極端にナーバスになるのに、世界のなかで日本が格差をつけられていることに対しては、関心が払われないということです。単にこれは「頑張るのがきらい」なだけなのかもしれません。

もちろん、

「わたしは頑張りたくない。楽に生きたい。いまがぬるま湯なら、つかれなくなるまで、つかっていたい」

と考える人もいるでしょう。それならそれでいい。その権利は誰にもあるわけですから。ただ一つ言っておきたいのは、「何もやらずに楽に生きる」ための基盤は、みんなが想像しているよりも早く崩れるかもしれない、ということです。

以前、鳥越俊太郎さんたちと、あるテレビ番組に出ました。

いま話したような文脈で、「日本の若者は海外に出るべきだ。世界の現状を見るべきだ」と話していたら、スタジオに抗議の電話がいっぱいかかってきました。視聴者は「大きなお世話だ。ほっといてくれ」と言うんですよ。

ただ、わたしはこう言いました。

「確かにそうだ。若者は自由にやればいい。貧しくなる自由がある。若者には楽をして貧しくなる自由があるから、選べるなら選べばいい。その代わり、頑張って豊かになった人に対して文句を絶対に言うな。君たちが貧しくなる理由を選ぶんだったら、それはそれでいい」

でも、彼らはきっと文句を言いますよ。なぜなら強い信念をもってそうなっているわけじゃないんだから。楽をして貧しくなるのも一つの道ですし、世界との競争とは別の場所で生きていくのも立派な道でしょう。わたしはそれも否定しません。ただ、やるんなら信念を持ってやって欲しいんです。そもそも自由な世界、個人を尊重する世界とは、こういうことなんですから。

何をやりたいかなんて簡単にはわからない

何かを学んだ。その次に来るのは目的かもしれません。換言するなら、それは「やりたいこと」でしょう。

しかしどうなんでしょうか。昔もいまも、「自分が何をやったらいいのか。やりたいのか」わかっている人なんて、どの程度いるのかと思いますね。わたしの世代で言うなら、「食うためには何だって構わない。働くしかない」と思ってやってきただけで、「やりたいこと」があったわけじゃありません。

それはいまの時代も同じではないか。

たとえば、元陸上競技の選手で、為末大さんがいます。



元々彼は、100メートルでオリンピックに出たかった。金メダルを獲りたかった。ところが、大学のときに背が伸びなかったために壁に直面します。そこで彼は考える。

「なんで自分はオリンピックに出たいと思っていたんだろう……そうか、100メートルは陸上競技の花形。世間の人はオリンピックに出た人を褒める。自分も褒められたかったのか」

そこで彼は、200メートルハードルに転向して、世界陸上でメダルを獲る。

「だから、何をやりたいかなんて簡単にはわからない」

と彼は言うんですね。この認識は非常に率直で、正しいと思います。

あるいは、歌手の谷村新司。

彼とは友人でいろいろなことを話してきましたが、彼はいま、自分の歌を世界中に届けることを天職としてやっている。なぜ彼が音楽を始めたのか。とても単純な動機で、高校生のころに女の子にモテたかったから。最初から「世界に歌を届けたい」なんて考えていませんでした。

慶應大学湘南藤沢キャンパス(慶應SFC)の4期生で、佐野(陽光)さんという人がいます。「クックパッド」というIT企業の創業者ですね。使ったことのある方もいるでしょう。世界一の料理レシピサイトですが、彼は人によくこう聞かれます。

「なんで、レシピサイトをつくったのですか」

これに対して佐野さんは、

「人間にとって一番大事なのは笑顔。それをつくるのは、家族の食卓。食卓を豊かにするために、レシピサイトをつくった」

でも、これは最近になって考えるようになっただけで、会社は無我夢中で始めただけです。やっているうちに、自分の役割に目覚めただけなんです。

人生って、往々にしてこういうものですよ。天才じゃないんだから、最初から「これが自分の道だ!」などと閃きが降りてくることなんて、滅多にありません。やりたいことがわからないのが、当たり前なんです。

そう、人生とは「簡単には解けない問題」なんですよ。

社会や経済、政治の問題を見てそうでしょう。解けない問題だらけ。ところが、大学入試など受験には解ける問題ばかり出てくる。小論文は別にして、大半は必ず正解のある問題しか出していない。若い人は現実の問題には「必ず答えがある」と思いこまされているのかもしれません。だから、

「やりたいことは、絶対にある。ないとダメなんだ」

などと考えてしまうのかもしれません。

わたしは18歳のころ、経済の勉強を始めました。とても戸惑いました。なぜなら、解ける問題ばっかりやってきたから、絶対的な正解のない経済学には戸惑うんですよ。

「解けない」ことを前提に考えなきゃいけない。

慣れるまで苦労をしました。だから、これからの時代を生きる人は、「解けないこと」を前提に、自分の人生を考えて欲しいんです。逆説的ですが、解けないからこそ考える価値が、取り組む価値があるんですよ。

「強さ」より「復元力」

その時に必要なのは、本当の意味での「教養」ですよね。先にお話ししたMITのメディアラボでは、

Resilience over strength.

という言葉が使われています。「強さより、復元力だ」という意味ですね。要するに、どんなに堅牢なモノを作ってもいつかは必ず壊れる。問われるのは「壊れた時にどうするか」。もう一度、イチから復元する力を持っているかどうか、です。

自然災害はもちろん、仕事や人生の「何かが壊れる」ことは往々にしてあります。大切なのは復元する力で、それを支えるのは人間的な総合力でしょう。学歴や技術だけでも測れない、コミュニケーションやこころの力。あるいは、歴史や文学に何を学んだか。幅広い教養が問われる。

仕事でも問われますよね。だって考えてもみてください。どんな会社をやるのでも、専門のことを1つやれば会社が回るかといえば、そんなことありませんよね。お金のことを考えるときも同じです。1つの側面からだけ見ていれば、解が出るなんてことはないんです。

わたしの知人のお嬢さんで、ハーバード大学の医学部を受験した方がいます。その子がしんみりこう言いました。

「日本の受験生は楽でいい。参考書を覚えればいいんだから」

彼女はまったく違うことをやっています。ハーバードの医学部に入ろうとしたら、「医学に志がある」ことを示さないといけません。

どうやって?

まず、夏休みには病院にボランティアで行かなきゃならない。リーダーシップを示すために、高校の化学部の部長に立候補し、部長か副部長にならないといけない。教養の幅の広さも証明するために、スポーツや音楽の何かができないといけません。彼らはこんなにやっているんですよ、受験勉強だけやっている場合じゃありません。

他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる

先ほど、ノルウェーやスイスの1人あたりGDPが日本の2倍以上というお話をしました。ルクセンブルクやシンガポール、香港もよく挙げられます。共通するのは、どれも小さな国。シンガポールは典型ですが、水さえ輸入しないといけない国なんです。資源がないから。

こうなると、国内マーケットを徹底的にオープンにし、できるだけ安いものを買って、自分たちが一番得意なものだけで稼ぐことをやらなきゃならなくなる。貿易で言うと、「比較優位に特化する」ことになりますが、不採算な部分――つまり、稼げないものは徹底して切り捨てるしかないんです。効率の高いビジネスに特化するから、1人あたりの生産性も上がる。所得も上がるわけです。

一方、日本は非効率なものをたくさん温存しています。たとえば農業の一部。地方に行けば、つぶれてもおかしくない企業が補助金漬けで温存されてもいます。

これらは短期的に見れば、雇用に貢献していますが、中長期的に見れば「貧しさを長引かせるだけ」の施策です。

ただ、同じ症例におちいるのは人口の大きな国共通なんです。アメリカですらそう。先進国で人口が1億人を超えている国は、アメリカと日本しかありません。大きな国では非効率は温存されやすくなり、政治家はポピュリズムに走りやすくなる。

「やさしい政治」なるものが出てきます。

一見、とてもいいものであるように感じられますが、これは非効率を温存して平均所得を押し下げる政治です。

こういう環境下で政治はどうあるべきか。有権者はどうあるべきか。わたしはこう考えるんです。「国民主権」とよく言われますよね。ただ、これは国民一人一人が「自分が総理大臣だったら、どうするか」と考えて、発言、行動ができるかが前提なのではないでしょうか。「これはいやだ、あれはいやだ」から「こうしてくれ」というのは、成熟した主権者の行動とは呼べないですよね。本来的には、

「自分はこう考えている。こうしようじゃないか」

というように有権者自身が発信しなくてはいけない。

政治家も同じで、単なる御用聞きになったらだめなんですよ。

日本をはじめ、先進国で人口の多い国はどこも同じ課題を抱えていて、非効率なものを温存している。何が課題で、どこを正していくのか。若い人にはいまの大人が抱えた失敗をちゃんと見ていて欲しいと思います。その上で何ができるのだろうか。



カナダの精神科医でエリック・バーンという人がいます。彼の言葉で、

「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」

があります。さて、日本はどうでしょうか。

未来を見通すことはとても難しいものがあります。

しかし、こう考えることはできるでしょう。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、大きなチャンスがあります。まずはこれをどう生かすか。大きな事業にはいわゆる「締め切り効果」がありますから、オリンピックまでに(アベノミクス)3本の矢をどう実現するのか。ちゃんとした方針があれば、仕事は加速するでしょう。

ここをどうするかで、10年後――2025年の日本の景色はだいぶ変わってきます。結果いかんでは暗い日本にはなっていないと思います。なぜなら、日本にはいまだ資本がある。技術力もある。そして人もいるんですから。

ただ、これができなければ、高齢化で財政負担が増える。一方では、それでも歳出カットができない。こんな状況になると、消費税を一気に上げなきゃならなくなって、国民の生活が苦しくなる。そんな見たくもない現実がやってくるかもしれない。

インフレの下では貯めているのはバカ

明るい兆しはありますよ。

アベノミクスの3本目の矢に「民間の投資促進」があります。この政策がなぜ必要だったかというと、企業が貯めこんでいる現金を市場に流して、新陳代謝を促したかったから。企業が現金を貯めこんでいた理由は、極めて明快で長らく日本がデフレだったからです。デフレの時は、モノの値段が下がるわけですから、いま買いものをしちゃいけないんですよ。貯めていればよかったんです。しかし、インフレになったいま、貯めているのはバカなんです。

だからいま、1兆円規模のM&Aが出てきているでしょう。新しい投資の流れが出てきている。

こうなると、次の課題が出てきますよね。

外国の優秀な会社を買ったとして、誰がマネジメントをするのか。外国の人を相手に、英語で丁々発止のコミュニケーションをできる人がどれだけいるのか。これからの日本企業が直面する壁は恐らくここで、企業は日本人にそれができないとなったら、外国人を一気に雇うかもしれませんよ。孫(正義)さんが、後継にインドの人を指名したようなことが進むかもしれません。それはつまり、働いている会社に、いきなり外国人の部長がやってくる――といった話で、1つの会社でずっと頑張ればどうにかなる――というこれまでの地図が、いよいよ変わるわけです。

こう考えると、日本のグローバル化は始まったばかり。本当の入り口に過ぎません。若い方たちは、強く生きていって欲しいと思います。

※この連載をまとめた『インベスターZと学ぶ16歳のお金の教科書(仮)』はダイヤモンド社より夏頃発売予定。

参照元 : ダイヤモンドオンライン


竹中平蔵と日本を崩壊させる安倍晋三。こいつらはフリーメイソンの手先であり、日本国民の敵である。

安倍晋三は竹中平蔵を愛国者と言った。狂ってるとしか言いようがない。



<ネットユーザーの反応>
「日本人は金持ちを妬む習性があるからね。金儲け=悪だし」

「何を頑張ったのだろう?」

「最近の竹中は支離滅裂だな」

「棄民政策だと思ってたけど、違ったんかな。まぁ、いいや…」

「アメリカの代弁者www」

「いい加減こいつを担ぎ上げるのやめろよ。こんなクソ野郎。生き地獄を味わって死んでほしいわ」

「海外でたくても、結婚してると妻は英語話せないし、母1人で育てられた俺は、そこまで思えねぇなあ。まー生まれた環境にもよるはな」

「マクロで他国に大きく負ける状況は、金融政策・経済政策の失敗だろ??個人の問題ではなく、国家としての大失敗」

「始めから支離滅裂だよ。選択と集中と言いながら起業しろとか最初から人をバカにした話しかしてないよ」

「要するには、俺様は(いろいろあれこれ)頑張ったから金持ちになった。だから俺様を批判するなと言いたいんだろw 幼稚な自称学者。竹中が死んだら、日本全国のスーパーなどで赤飯が売り切れになるわw」

「頑張って豊かになったんじゃないだろこの賤民ケケ中は政治屋に擦り寄って国税ちょろまかしているゴミはサッサと死んでくれ」

「竹中の会社もワタミの末路みたいになるんだろうな。ネット社会で反感かったら終わりだ」

「こいつの政策のせいで銀行から貸し剥がされて経営が順調だったのに潰された多くの会社があった。こいつの言う事は全く信用できない」

「竹中小泉安倍をはじめとしたグローバカどもは許せないが、こいつらの解国政策に気付かず支持してる国民が多いことに絶望してる」

「こいつ、文句しか言ってないじゃないのか」

「その場その場で…って感じしかしない人だな相変わらず」

「こいつはワタミと同じだよな。臭すぎるわ」

「金儲けに頑張らないと貧乏になると言ってるのか、嫌な野郎だな。皆がいろんなことをやって、豊かな世の中になるんじゃないか。みんなが金儲けに頑張れば、皆貧しくなる」

「日本をダメにした10人を選べと言われたら、こいつは間違いなく小泉とワンツートップ」

「頑張っても報われない社会かと思う人多いんじゃないの?」

「売国する自由もあるのか」

「豊かになるために取った手段によるな。トリクルダウンという大嘘で人を騙すような真似をして豊かになった連中は批判されてしかるべき」

「お前ら、こいつがパソナ会長ということを忘れるなよ」

「疑獄政商の分際で部落マフィアの分際でケケ中はアルカポネみたいな末路迎えろ」

「なにひとつ恩返ししない平蔵という寄生虫」

「竹中さんサイコー。ピンハネ会社の顧問だっけ。若者からピンハネし過ぎだろ。ヤクザの手配師かよ」

さすがに「売国」を頑張った奴は言うことが違いますね。さっさとクタバレ!

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